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最終更新日:2018年6月14日(木)


かみかわ「食べものがたり」: 富良野市ぶどう果樹研究所「ふらのワイン」


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日本最北のワイン醸造所から生まれる芳醇な香り
搬入されたぶどうは、選別されベルトコンベアーで破砕機に投入されます
富良野市ぶどう果樹研究所「ふらのワイン」 かみかわ南部
稲作からの脱却で、ぶどう栽培

 「昭和40年代後半、日本の農政は転換期を迎えていました。そのことが、ぶどう栽培、ワイン製造へとつながったんです」と話すのは富良野市ぶどう果樹研究所の亀渕雅彦所長。当時、富良野地区には約1万ヘクタールの農地がありましたが、うち約3,500ヘクタールは水田。稲作を中心とした農業からの脱却が課題でした。現在のJAふらのが主体となり、タマネギ、ニンジンなど、野菜を中心に切り換えが進められましたが、傾斜地や石の混じった土地(石礫地)は野菜にも不向き。別の作物を考えなければなりませんでした。

 そのような土地には、かつてリンゴやナシの果樹園もありました。また、山には山ぶどうが自生。昭和30年代頃から道東の池田町が山ぶどうを原料にワイン造りを始め、ブームになっていたことを知った市は決断します。

 傾斜地などでのぶどう栽培を積極的に進めてワイン造りにつなげようと昭和47年4月、市は約500万円の予算を確保して「富良野市ぶどう果樹研究所」を設置。ワイン醸造の研究者で、池田町ブドウ・ブドウ酒研究所の初代所長を務め「十勝ワイン」の開発にも尽力した岩野貞雄氏を招き、ワイン造りをスタートさせました。山ぶどうと生食用のキャンベルアーリー、デラウエアを使っての醸造試験でした。

画像 たる貯蔵
温度管理が行き届いた「たる貯蔵」

 

気候・風土に合った品種を選定へ

 醸造試験の開始と同時に、傾斜地と石礫地の有効利用を図るためのワイン原料用のぶどう栽培も農家に奨励。昭和48年、富良野市山部地区の農家12戸が、石礫地1ヘクタールにセイベル種のぶどう栽培を始めました。これが富良野産ワインの原料となるぶどう栽培の出発点です。

 セイベルというのは、この品種を開発したフランス人の名前。ヨーロッパ系とアメリカ系の品種を掛け合わせたものです。単にセイベル種といっても数多くの品種があるため、道立中央試験場の指導を受けながら富良野の風土に合った品種を選定。セイベル13053を赤ワイン用に、セイベル5279を白ワイン用に栽培することになりました。いずれも病気に強く、収量が多く見込めるうえ、酒造りに向いています。山部、富良野の農協技術陣も加わり、栽培技術を高めていきました。

画像 研究所のワイン棚 研究所内で販売されている数多くの「ふらのワイン」ここでしか手に入らない貴重な商品もあります

 

開発から2年目で試作ワインが完成

 そして、昭和49年末、試作ワインが完成。翌年、富良野市で開催された第30回国体冬季大会スキー競技会に試作ワイン1,250本が提供され、大会役員やコーチ、選手らから好評を得ます。

 これを受け富良野市は、道内で2番目の、自治体がワインを製造・販売するという事業に着手。製造免許が許可されたのを機に、農産物の加工処理施設としてワイン工場と事務所の建設を進め、昭和51年秋に完成させました。昭和52年にはFIS(国際スキー連盟)公認のワールドカップ富良野大会で再び試作ワインの試飲を行い、世界にも通用する味に仕上がっていることに確かな手応えを感じます。

画像 発酵槽
施設内に所狭しと並べられた発酵槽



「垣根栽培方式」を確立

 市民が待ち望んだ「ふらのワイン」が発売されたのは、昭和53年1月のこと。北海道の盆地特有の昼夜の寒暖差が大きい気候は、甘みの強いぶどうを育てます。ぶどうの糖分は発酵させることでアルコールと炭酸ガスに分解されるため、良いワインを作るには、まず良いぶどうを作ることが不可欠なのです。

 そこで同研究所では、通常の棚で栽培する方式を取らず、垣根に這わせて栽培することにしました。この方式だと、太陽光線を吸収する葉の面積が棚方式より約30%も増加するという利点があったのです。このことが、品質の高いぶどうを生み出す原点となりました。富良野に合った栽培技術を確立したことが、良いワイン造りにつながったと言えるでしょう。

画像 ワイン畑
垣根仕立ての栽培法

 

ぶどう栽培では思わぬアクシデントも

 ただ、ぶどう栽培がすべて予定通りに進んだわけではありません。当初、ぶどう栽培は富良野市の5地区でスタートしました。しかし、いまは「山部」、「扇山」、「御料」の三地区のみでしか行われていません。

 中でも富良野岳山麓のベベルイ地区の石礫地をぶどう園として活用しようと布礼別・富丘地区の有志が「黎明園芸農場」を立ち上げましたが、昭和50年5月下旬に連続して霜の被害に遭い、収量は激減。壊滅的な打撃を受けたにも関わらず再び栽培を志しますが、収量が確保できませんでした。結局は昭和57年に他の作物への転換を余儀なくされるという悲劇にも見舞われたのです。

画像 醸造所外観 富良野市を一望する高台に建てられた「ふらのワイン」の醸造所

 

一歩一歩の前進で知名度アップ

 そんな中、昭和57年8月にはモンドセレクション主催による「第20回ワールドセレクション ワイン部門」で、ふらのワインの赤と白が金賞を受賞するという快挙を達成。自治体の製造するワインが国際的な賞を受けるのは初めてのことで、ふらのワインの知名度は一気に高まることになります。

 これを契機に新製品の発売も相次ぎます。同年10月には、市民の協力で採取した山ぶどうを原料にした「シャトーふらの」の赤を発売。3年間の熟成により生み出された芳醇な香りとコクのある味わいが特徴的な製品に仕上がりました。また昭和59年には、初めて栽培に取り組んだドイツ系の品種「ミュラートゥルガウ」を原料に、甘口の白ワインを製造。製品名は「ふらのワインミュラー」。新鮮な香りとさわやかな舌ざわりは、女性に高い人気を博しました。その後も、オーストリア系品種「ツバイゲルトレーベ」を原料とした赤ワインなど、世界各国のぶどう品種でワイン作りが進められました。

画像 ふらのワイン瓶(赤・白) ★「ふらのワイン」(赤・白)720ml 各1,281円~(税込)


富良野独自の新品種にも着手

 一方、富良野に自生している山ぶどうとセイベル種を交配させた新品種「ふらの2号」と命名されたぶどうを使った新製品「羆(ひぐま)の晩酌」も発売されました。この新品種は非常に寒さと病気に強いという山ぶどうの特性を持ちます。また、山で栽培された時に、甘いものを好むとされるクマに食べられたことがあるほど糖度が高いのも特徴。「北の国から」の脚本家・倉本聰さんの娘・由美さんがラベルのイラストを担当しました。

 新たに「カベルネ」と「メルロ」という品種の栽培にも着手し、商品化を目指して試験醸造が行われています。ワイン作りを始めて約40年以上になる研究所の挑戦は続きます。

 

  富良野市ぶどう果樹研究所
 
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