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最終更新日:2018年8月03日(金)


かみかわ「食べものがたり」: 須藤製麺工場「旭川麺」


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(ジャンル)食べものがたりトップページ > その他加工品 > 須藤製麺工場
生き抜くための築いた、父親の麺作りへの魂
「もっと原始的な作業を取り入れた機械に頼らない麺作りに戻っていきたい」と株式会社<寿>須藤製麺代表取締役会長の須藤雄一さん
須藤製麺工場「旭川麺」 かみかわ中部旭川市

戦後の町を生きていく

 昭和23年創業、株式会社<寿>須藤製麺工場の2代目須藤雄一さんが、会社の礎を語ります。

 「もともと親父は軍事工場の鉄工職人でした。それが、私が小学校5年の頃、麺屋を始めた。戦後、食べ物の無い時代に何をするか?親父は鉄工の技術を生かして、その辺に捨てられているような鉄くずを拾い集め、精米の機械を作りました。だが、米がだんだん手に入らなくなり、困った親父は次に麺を作り始めたのです」。それが須藤製麺の始まりでした。

 「10人いた親父の兄弟皆が手伝い、自分達で作り、自分達で配達して回りました。夏は自転車に商品を積み上げ、冬はソリで運ぶ。それが、昭和23年頃の話です。当時、私は早く自転車に乗れるようになりたかった。自転車に乗って、自分も早く親父の手伝いがしたかったんですね」。

 「当時は麺屋もたくさんあった。店で作ったのを近所の人が買いに来たり、配達をする。当時は乗り物といっても自転車ぐらい。遠くまで行っての商売は出来ないからね。近所にあるお豆腐屋と同じ存在で、麺屋もたくさんあった。うちの麺は、うどんから始まって蕎麦、昭和28~29年頃からラーメンを始めた。蕎麦の生めんを茹でて旭川の市場で売り出したのは、親父が最初だと聞いています」。

 こうして、一つひとつ積み上げるように商売を固め、昭和36年に有限会社として法人化させました。

画像 昔の須藤製麺所写真
須藤製麺工場の社名の前に「寿」の文字これは創業当時、茹で麺を配達する時に使っていた木折に印が欲しいと目印のマークを付けたのが由来当時は個別包装もされていなかったため木折に印が無いとどこの製麺屋か判って貰えませんでした須藤の「す」と寿司の「寿」から取った縁起担ぎの文字です ※写真は昭和28年頃の須藤製麺所



粗末にはできない

 戦時中の昭和18年に生まれた須藤さん。日本が終戦を迎えた時は2歳でした。「戦中に生まれ、戦後の混乱の時期に育ちました。本当に何も食べるものが無かった。食べ物が無い中でどうやって生きていくか、親は大変苦労したと思う。親父は、なけなしの服を持って、農家で米と物々交換をしてもらっていました。お腹に米を隠して自転車に乗る、その親父の背にしがみついていた事を覚えています」。

 須藤さんは「そういう時代を考えると賞味期限が付けられた今の状況は、もったいなくて仕方がない。昔の人は物を見て、匂いをかいで、舐めてみて判断した。それを煮るなり焼くなり調理し直して食べていました。食品を最後まで『活かす』という術を今の人は知らないのではないでしょうか。確かに、賞味期限という目安も食べ物には必要です。でも、まだ食べられる物も捨てなくてはならない現状は、物のない時代を知っていると、しみじみもったいないと感じるんだ。話としてではなく、食べ物の無い時代を自ら体験してきた事だからね。お客さん自身が見る目を持って欲しい。自分で買ったものは、自分で確認して、それから先は自分の責任で食べられる物は食べる。でも今は期日が切れた途端、捨ててしまうでしょう」と語ります。

 そして、もう一言。「親父たちが苦労して、作った店だからね。だから、粗末にはできないのさ」。

画像 職人気質の旭川麺と製麺機
★「職人気質の旭川麺」(醤油・塩味・味噌) 各1個 378円(税込) 

北海道産小麦粉100%使用
日持ちをさせるための添加物・着色料などを使わずに丹念に仕上げた手もみ式麺天然のダシだけで取ったスープが付いています大阪・高島屋の物産展で1日60万円という記録的な売り上げを見せました「旭川麺」はインターネットでも買えます




財産は、失敗の数

 「親が苦労している姿を見ているから、親の手助けをしてやりたい。その思いだけで続けてきているんです。麺屋をやりたいとか、経営者になりたいとか、そんな発想はなかった。会社に入ってからも、加工から配達、営業、集金、全ての仕事をやってきた。親父は厳しい人で、この仕事をやるのであれば、天井の裏から縁の下のゴミまで知らないとできない。そう言われました。親父は、自分で手探りの中で麺作りの技術を身に付けてきた人。経験もない、材料もあまり無い、だからこそ真剣にやってきた。その経験を僕に伝えたかったんだと思う。だから、ものすごく厳しかったんだと思うんです」。

 現在、業務用の麺を主流に製造している須藤製麺は、お客様の要望に応え、独自性のある麺を作っています。その種類は北海道内の製麺店の中でも多く、約80種類にも及びます。

 「今は、お客様の声を聞いて物を作る事に徹底しています。お客様が本当に求めているものを知るためにも、色んな事を知っていなければ作れません。クレームがきても何が原因なのか経験がないと突き止められない。麺作りも麺の基本中の基本が判らないと、応用はできない。お陰様で僕は、手で作る事を経験しているから、麺作りの基本が身に付いている」。

 そして、たくさんの商品を生んできた原動力、常に前を向き成長してきた、その秘密はこんな言葉にありました。

 「困った事があったらチャンスだと思え、と親父によく言われました。失敗はチャンス。失敗したら考えるじゃないですか。よく『あなたの財産は何ですか?』と聞かれるけれど『僕の財産は、失敗の数だな』と答えます。その失敗のお陰で、お客様からのクレームや要望にも、どこに問題があったのかが、すぐに判ります」。

画像 ラーメン




北海道産小麦100%

 同社で一般の方も買える麺の中でも画期的な商品は、旭川麺です。通常の麺は日持ちさせる工夫をしていますが、旭川麺はあえてそれに逆らった作り方をしました。「日持ちはしなくても良いから、北海道の小麦の味を味わえる麺を作ろう」。それが旭川麺のコンセプト。北海道産小麦を100%使い、北海道の風味豊かな小麦の美味しさを前面に打ち出しました。

 麺を作る工程の中に、色々な仕掛けや秘密がたくさんあります。四角い麺をさらに押しつぶし、そこにわざとバラツキを与えることで、コシがありツルツルとのど越しが良い麺に。スープも天然のダシで作った無添加です。

 「麺の可能性は、幾らでも広がっていくね。だから研究ばかりして、いつまでも貧乏なままさ。これからは、原始的な手作りの経験を生かした商品作りを考えたい。そういう時代が来たのかなと思う」須藤さんは、苦労して培った父親の技術を継いで、さらに美味しさを追求していきます。


  須藤製麺工場 ショップ情報
須藤製麺工場 ホームページ


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