大雪ものしり百科:自然編|大雪山の歴史:その


大雪ものしり百科:自然編|大雪山の歴史:その3


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層雲峡の峡谷の誕生 (3万年前頃〜)
005.jpg かつてお鉢平にあった成層火山が、今から約3万年前に巨大噴火を起こし、大規模な火砕流や熱雲が発生しました。途中の黒岳などを飲み込みながら山の斜面を流れ下り、石狩川の流れる谷を埋め尽くしました。現在の旭川を含む上川盆地へも流れ込み、その厚さは4mほどもあったとされています。層雲峡付近に堆積した火砕流の厚さは、150m〜200mにも達し、元々高温であったものに自重の圧力も加わり、ガラス片や軽石は再溶融しました。やがて扁平化、湾曲、変形したものが冷えて固まる際に、体積を収縮させ四角形や六方称形の形をとるようになったのです。

 これがあの印象的な柱状節理(ちゅうじょうせつり)で、地質的には溶結凝灰岩(ようけつぎょうかいがん)と呼ばれています。当時の層雲峡一帯は、これらの堆積物に覆われていましたが、一万年以上もの長い時間をかけ、石狩川が深く深く岩を削り取ってできあがったのが、今日見ることのできる層雲峡の峡谷なのです。
幻の湖 古大雪湖の形成 (3万年前頃〜)
006.jpg 国道39号線を旭川方面から北見方面へ向かうと特に層雲峡が印象に残りますが、やがて大函を過ぎたあたりで柱状節理が見えなくなります。かつてこのあたりが深い湖の底にあったと言うと意外に思われるでしょうか。現在は人工的に作られた大雪湖(ダム)がありますが、実は更にもっと大きな天然湖があったのです。この湖は古大雪湖と呼ばれています。約3万年前お鉢平中央火山が噴火し、大量の火砕流が石狩川へと流れ込み川の流れがせき止められて大きな湖が誕生したのです。堆積物で埋められていた谷(今の層雲峡付近)は人造湖で言えばダムサイトのような役割を果たしていました。

 古大雪湖の奥行きは7〜8kmもあったとされ、現在の高原温泉入口の白揚平付近には湖の証拠ともいえる河岸段丘が残されています。また、大函の出店裏の右側には古大雪湖があった当時の泥・砂礫と溶結凝灰岩(ようけつぎょうかいがん)の層が交互に重なり合っているのを見る事ができます。これは何度も噴火による堆積物がこの地へ押し寄せてきた事を物語っています。その後、石狩川は流れを阻もうとする堆積物を削り取り、なおも激流となってますます深く谷を刻み込んだ結果現れたのが今日の層雲峡なのです。
層雲峡にある大函・小函の誕生 (3万年前頃〜)
008.jpg 層雲峡の景勝地の一つ大函・小函。そのほぼ垂直に切り立った崖はとても印象的です。では、いつごろからこのような形になったのでしょうか?今から約3万年前に、お鉢平にかつてあった成層火山が噴火し流れ出た火砕流は層雲峡を埋め尽くしました。その際、せき止められた石狩川は古大雪湖となり天然のダムができました。古大雪湖の強力な水圧は、やがて溶岩でできた提を押し破り、数千年という気が遠くなるような年月をかけて石狩川が溶岩を侵食して、現在ある大函・小函となりました。※小函は現在、落石の危険があるため通行禁止です。
層雲峡の滝の誕生 (2万年前〜数千年前頃)
009.jpg 大雪山にはたくさんの滝があります。中でも層雲峡は最多です。では、どうして層雲峡に滝が幾つもあるのでしょうか?それは、今から約3万年前にお鉢平にかつてあった成層火山の噴火によって、現在の層雲峡付近は堆積物で埋め尽くされ、その厚さは200m程にも達したとされています。この時、古大雪湖が誕生しましたが、やがて湖水は堆積物を削り取るように流れ、数千年の月日をかけて侵食してできたのが、現在の層雲峡です。

 層雲峡が形成される過程で幾つもの川がありましたが問題になるのは各川の水量や流速の違いでした。他の川を圧倒する勢いで流れくだり岩を削り崩落させていったのが石狩川でした。もちろん川底はどんどん低くなり、やがては最大で200m近くも深く削っていったのです。その一方でより小さな川、侵食する力の弱い川は、わずかしか川底が低くなっていないので、石狩川よりずっと高地を流れています。そして石狩川と合流する場所にはとても大きな落差ができます。それが今日、流星の滝・銀河の滝をはじめとする一連の層雲峡の滝なのです。このことから現在も石狩川は侵食を続けていて、滝の落差はあと数千年もすると今より更に広がると考えられます。
羽衣の滝の誕生 (2万年前〜数千年前頃)
010.jpg 今から約3万年前に、現在のお鉢平にかつてあった成層火山が大噴火をし、現在の天人峡付近は火砕流による堆積物で埋め尽くされました。その堆積物は冷え固まる過程で柱状節理を形成し、1万年以上もかかって河川の浸食を受け現在の形になりました。

 北海道の天然記念物に指定されている羽衣の滝は、旭岳の残雪が融けて流れ、落下するアイシホップ沢とポンアイシポップ沢の2つの滝が中程で合流し、一本にまとまって絶壁に掛かり、落差270mを7段に分かれて忠別川に落下していて、その高さは北海道一です。滝の名前の由来は岩肌を優雅に伝う様子から、「天女が羽衣を翻して舞うような滝」と大正時代の文人、大町桂月が名付けたといわれています。

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