函岳(北部森林室管理課)

概況

スーパー林道を通り、加須美峠を越えてさらに約10㎞。美深市街からは約38㎞。
海抜1,129.3mの函岳は、美深町と音威子府村、歌登町の境界を分岐する位置にあり、
晴天の山頂では利尻富士、オホーツク海、大雪山連峰の大パノラマを眺望することが出来ます。
平成2年度には、北海道自然環境保全指針により「すぐれた自然地域」として将来的に保全を
図っていくことが望ましい地域として位置づけられています。

函岳とレーダー雨雪量計システム

道央、道南、道東に続く第4のレーダー施設として道北レーダー雨雪量計システムが平成6年に
函岳に開設されました。このシステムは、レーダー施設から発射される電波が上空の雨や雪に
当たって跳ね返ってくる量から降雨、降雪の位置や強さ、広がりを測定し、コンピューター解析
による情報の収集・処理・伝達を行い、雨雪が原因とされる様々な災害の防止を行うものであり、
北海道ではこの道北レーダー雨雪量計システムの完成により、全道をこのシステムでカバー出来る
体制となりました。

函岳レーダー (JPG 10.9KB)

アイヌ名

函岳は「ペペケナイエトコ」と言い、ペペケナイ川の行き着く先(水源)の意であり、
詳しくは「ペペケナイ・エトコ・ウシ・ペ」です。
山頂に宝箱を積み重ねたような岩があるので「シュポペルシケ」正しくは
「シュポペロシキプ」といい、「千両箱を積み上げている者」という別名も持っています。

函岳に関する伝説

「孝子の伝説」(昭和27年刊行「美深町史」より)

昔、この山の麓シュマロップにアイヌ部落があったが、ある夜函岳がものすごい音を
たててゆり動いた。
古老は、これはこの山が神様の罰で海の底に沈むのだろうと言った。
村人たちは大騒ぎとなって避難を始めたが、この部落で年老いた母と二人で暮らしていた
若者は折悪しく交易に出かけていた。
若者はこの騒ぎを聞きつけ、母親を救おうとして宝物の入っている箱を背負って大急ぎで
帰ってきたが、母の姿を見つけだすことは出来なかった。
若者はますます荒れ狂うなかを母を捜し求めて歩き続け、ついに帰ってこなかった。
山の鳴動が止んだ後で、函岳の頂上に若者の背負っていた箱がおいてあったが、
それが岩になったと伝えられてきた。

函岳の津波(「北海道の伝説」更科源蔵著より)

函岳は昔からアイヌの宝物を入れてある函(シュポ)を積んだような形をしているので、
シュポペロシキ(宝函がそこに立っている)と呼んだ山であるが、昔この付近一帯を大津波が
襲ったとき人々は舟に乗って逃げたが、どこもここも水ばかりで舟をつけるところがなく困った。
そのときわずかにこのシュポペロシキの頂上だけが出ていたので、そこに避難した人だけ助かったが、
その時舟に積んで行った宝物を入れた函がそのまま山の頂に岩となって残ったのである。
このあたりの山からホタテやタニシの貝殻が出るのは、その津波のとき上がったものであるという。
(名寄町内渕 北風玉二口伝)


函岳山頂からの展望



 

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