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チョウザメ館の水槽の前に立つ紺野さん(左)と鈴木さん(右)
小さな瓶の蓋を回すと、なかには艶やかなきらめきを放つ暗緑色の小さな粒がびっしりと並んでいます。2021年に初めて一般販売された「美深キャビア」。
美深町が初めてチョウザメの養殖に取り組んでから実に40年近くの試行錯誤の末にようやく手にした輝きです。
美深町で「チョウザメとキャビアによる町おこし」が掲げられたのは、1983年。
かつてたくさんのチョウザメが泳いでいた天塩川の清流に思いを馳せ、「美深にもう一度チョウザメを、そして道産キャビアを」との夢を抱いて、日ソ友好のチョウザメ300匹を譲り受け、養殖に乗り出したのです。
けれども道産キャビアへの道は決して平坦ではありませんでした。
艶やかに輝く「美深キャビア」。2021年の初販売時はすぐに完売となった。
「あの時は本当に真っ暗だった」。
美深町チョウザメ産業推進室・室長の紺野哲也さんは2019年、町外から派遣されていた専任研究員の引き上げが決まったときの心境をそう振り返ります。
美深町に一般職として勤務している紺野さんは、町がチョウザメ事業の産業化に向けて整備を始めた2017年にチョウザメ事業へ異動しました。
水産系の専門職でもなくチョウザメに興味があったわけでもなかった紺野さん。突然の辞令に戸惑ったものの、当初は「専任研究員のサポート」と考えていたと言います。
それが事業の中核となる研究員がいなくなってしまうというまさかの事態。
この先、誰がどうやってチョウザメ事業を支えていけばいいのか-仲間たちの間には不安が広がっていました。
先が見えない状況のなかで、紺野さんは「自分がやります」と声を上げます。
「責任感もあったけど、事業に2年関わってきた意地とか負けん気もあった。そして自分でやってうまくいかなかったら、もうチョウザメはやめようと言おうと腹を括っていた。ただ、それを言うならやるだけやってからじゃなきゃ説得力がない。やるしかないと思っていました」と当時の心境を振り返ります。
町職員としてチョウザメ事業を牽引する紺野さん。
専門的なことは何もわからない。それならと紺野さんが始めたことは、チョウザメをひたすら見ること。
1日も休まずに毎日ずっとチョウザメを見続けているうちに「うまくいかなかった理由がなんとなくわかってきた」と言います。
その一つが給餌。
「ひっくり返って泳がれると、驚いてつい餌を止めてしまう。でも、そうして餌止めしているうちに餓死してしまっていたんじゃないか。そう感じて怖がらずに餌をやり続けたら、育つようになってきた」と紺野さん。
その視線の先にある水槽に、昨年生まれの稚魚が元気に泳いでいました。
キャビアのイメージが強いチョウザメですが、海外ではその魚肉も高級食材として重用されています。ところが、美深町の町民の間には「チョウザメはあまり美味しくない」というイメージが定着していました。
「町民の皆さんに応援してもらって成り立っている事業。美味しくない、では済まない」と、美深振興公社チョウザメ飼育加工主任兼営業係の鈴木渉太さん。
地域おこし協力隊として美深町に移住した10年前は、孵化させ、1年目を無事に育てるだけでも大変だったチョウザメに、味わいという新たな評価軸を加えて挑戦を続けています。
水槽で泳ぐチョウザメを「この子」と呼ぶ鈴木さん。言葉の端々にチョウザメへの想いがのぞきます。
チョウザメは本来クセのない魚。苔臭さや泥臭さの原因は水にあるのではと、水槽を地下水の掛け流しに変え、血抜きも丁寧に行うよう技術を磨きました。
今はもう、新たにチョウザメを食べた人から「美味しくない」という声を聞くことはなくなりました。それでも鈴木さんは「まだまだ品質は良くできる。試行錯誤は続きますよ」と努力をゆるめようとはしません。
今、鈴木さんが目指すのは切り身にしたときの美しさ。
「皮目がピンクに発色するのがキレイ。タイのような見映えを目指したい」と言います。おすすめは刺身やカルパッチョ。美深キャビアを少し載せて食べると、より豊かな味わいが楽しめます。
チョウザメの身はクセのない淡白な味わいともっちりした食感が特徴。
チョウザメは生まれてから抱卵するまで10年以上かかるうえ、1度キャビアを採卵すると二度と卵を持つことはありません。長い年月をかけて育て上げ、キャビアが採れるのは1回だけ。そのため美深キャビアは、美深町振興公社が運営する「びふか温泉」のレストランで提供されるのを除き、ほとんど口にする機会はありませんでした。
そんな貴重な美深キャビアが、2021年ついに一般販売されました。
低温殺菌処理を行わないフレッシュキャビアで塩分は海外産のキャビアの半分程度の3%に抑えました。魚卵本来のコクやクリーミーさが際立つ豊かな味わいが特徴です。製造した170個はすぐに完売。札幌の寿司店がその美味しさを認めてメニューに加えるなど、高い評価を受けています。
「国産キャビアに興味を持つ業者は少なくありません。けれど今はまだニーズに応えられるほどの量を確保できていません。もっともっと飼育量、飼育技術など全体に向上させていきたい」と鈴木さんが言うと、「5年以内できれば4年で、100kgを目指す」と紺野さん。
それはチョウザメの関連施設やびふか温泉の採算が保たれ、事業として軌道に乗るために必要な数字。町に支えられてきた事業を、町を支える事業に変える新しい挑戦の始まりです。
「根拠はないけど大丈夫じゃないかな」と少し冗談っぽく笑う紺野さんの目には、事業を育ててきた自信と未来への希望が光ります。
300匹のチョウザメが三日月湖に放されてから40年。
北の大地がチョウザメに託した大きな夢は、黒く艶やかなキャビアに姿を変え、艶やかに輝いていました。
チョウザメ館の水槽で悠々と泳ぐチョウザメの子どもたち。一匹一匹が美深の夢を担っています。
株式会社 美深振興公社 中川郡美深町字紋穂内139番地 |
★令和6年3月掲載